2008年12月30日火曜日

年末年始


 写真は、26日に行われた、いきセンの親睦会の一齣です。ワークや虹センなどでも、忘年会等ありましたが、これで最後、作業所はしばしお休みということで、まもなく大晦日、そしてお正月です。
 むぎ里は、アケちゃんとゴローさんがすでに帰省中、末吉さんと福さんも、今日明日中には、帰省の予定です。ちょっぴりさびしくなりますね。でも、正月には、ヘイ君のご両親が見えますし、ほかにも訪問者が来るでしょうから、これも、また正月風景ということでしょうか・・・今年の正月には、マリコさんの着物姿が見られましたが、こんどはどうでしょう!?そして、むぎ里は、4年目を迎えることになります。
 

2008年12月16日火曜日

冬・・○○回目のお正月も間近ですね!

  (写真は、今年のお正月に、むぎ里から北西を写したものです)
早いものですね、もう12月!!!クリスマスもお正月ももうすぐです。先日、まり子さんにチケットをいただいて、市民クリスマスに行ってみました。コーラスも、公演のほうもとても素敵なものだったのですが・・・それ以上に、ステンドグラスを通った斜光線が、十字架の影を作って、壁に投影されていたのは印象的でしたね・・・・・何か不思議な思いがわきあがってきたのですが、本当に久しぶりのことでした。

 講演は、日本に一箇所という、赤ちゃんを引き受けるという病院の院長氏の話でした。出産はしたものの、いろんな事情で育てることの出来ない赤ちゃん、ロッカーに、あるいは、ゴミ捨て場に遺棄されて、死亡する場合もあるといいます。ドイツでは、そういう赤ちゃんを引き受けるスポットが70箇所あるといいますが、日本では、熊本にあるここだけ・・・赤ちゃんを捨てるなんて、と、非難されるのは当然なのかもしれませんが、それが理由で、赤ちゃんのほうがほうって置かれる、というのもおかしな話でしょう。

 むぎ里のみんな、元気に過ごされているようですが、アケちゃんは風邪を引いてしまって、もう治ってはいるのですが、自宅で待機中です。川崎さんは、ワークを引退ということなのですが、またぞろ暇な・・・病に取り付かれつつあるようです。ヘイ君は、とてもニコニコ顔ですごしていて、こちらも嬉しいのですが、出血の件はなかなか先が見えてこない・・・気になるところです。良さん、あ~相変わらずですねー・・・・
 ま、今年もいろいろありまして、世間的にも、ありすぎるくらいでしたが、こうして、また時は過ぎてゆくのでしょうね。

2008年11月15日土曜日

むぎ里の秋・・・2題


  秋ふかしですね!先日、ヘイ君の部屋で、むかご(山芋の葉の根元についている木の実のようなもの)を見ましたが、シールには・ぬかご・となっていて、あれ!と思いました。後で調べてみたら、どちらも正しいようですね。それ以外にも、いろんな呼び方があるようで、いもご・・というのはわかりますが、ばちかご・・・という呼び名もありました???
 写真は、どちらも西のほうを写したものです。夕日のきれいさはいつも感じるのですが、なかなか思うようには撮れませんね!下は、ちょっと遅れましたが、ススキです。残照の中で面白いな・・・と思ったのですが、どうでしょうか?

2008年11月4日火曜日

初めての釣り行


この日は、曇り空、後になって雨もパラつき出しまして、初心者にはちょっとつらいかもと思いましたが、本人いたって意気軒昂、多少の雨などなんのその、始めの一時はじっと黙って、さおを握り締めていまして、かすんだ桜島や、眼前の波、日曜日とあって家族連れが多かったのですが、その人たちの様子など眺めながら、釣れぬとも楽しめていたそうです。
 終わり頃になって、パタパタとアジが釣れ出しまして、早速柳瀬さんに仕掛けを換えていただき、いくらかのアシストもありましたが、見事に7匹のアジを釣り上げました。初めてとは思えぬほど、リールの捌きも問題なく、後に、曰く、私の趣味は、陶芸と釣りですな・・・・とまで言わしめたのであります。
 ホームに帰ってからの話ですが、勿論、ゴローさんの自慢話となるのですが、それを聞いた、福さんや、アケちゃん・・・・私も行きたいなぁ~、と。厳しい条件もありますが、何とかできないか・・・・と、思案中です。

2008年10月27日月曜日

むぎのめ祭り・・・Ⅱ

  むぎのめ祭りの報告です。
昨年よりは、ほぼ一月早い開催となりました。天候に恵まれ、不順な天候も味方してくれましたが、昨年同様の盛況でした。むぎ里からの参加はありませんでしたが、住人たちは各作業所所属で参加・活動していました。今年のテーマは、つながる・・・・というのだそうですが、ちょっと、具体的な感触はありませんでしたね?ホスト・ゲストの役割を明確にする必要はありますまいが、少なくとも、ホスト側のパフォーマンスはあればよかったかも?世界不況の様相の中、ほんとにつながるというテーマは、 本当に大事なテーマだと思うのですが! ヘイ君、この日は、結構ご機嫌斜めだったのですが、母さんと参加してくれました。末吉さん以外の映像は、写真帳にて公開中で~す。どうぞ、見ていってくださいね。

2008年10月23日木曜日

アケちゃんの鹿大での講義~その感想

  アケちゃんの感想文だけ、彼女のブログから持ってきました。本文のほうは、アケちゃんのブログに立ち寄って、読んでください。
10月20日(月曜日)の2時ぐらいから桜ヶ丘にある鹿児島大学で「講義」という授業の一環で「講義」をしに私、おかあさん、竹上さん、加藤さんとしにいってきました。私は、障害者や保護者のまえで発表をしたことがありますが鹿児島大学の医学部の学生さんや先生たちのまえで発表をしたことははじめてでした。80人か90人のまえで発表しましたがとっても初めての経験だったしとっても緊張していました。作業所やホームでのところの取材もあり、準備から当日まで緊張をしていました。協力してくれたみなさん本当に有り難うございました。当日の発表のなかみは、自己紹介やビデオ上映、私の発表、質問・応答などしました。私は緊張をしていたのですが学生さんをみわたす余裕がありました。みんな真剣に私の発表をきいてくれてくれました。私自身も「みんなに私の障害者をとおしてお話が出来てなにかゆうきづけられたんじゃないかなぁ」と感じています。発表ができてうれしかったです。私もぎゃくに勇気付けられました。みんなよろこんでくれました。私は医療のみんなが「なんでもすすんでお手伝いできる」方たちになってくれて将来、頑張っている姿がみれたらうれしいです。また講師の依頼がきたらどうしょう?といまから不安になっています。そのときには頑張ります。

2008年10月19日日曜日

10月って~

  やっとなのか、早くもというべきなのか・・・・暑さからの脱出という点では、やっとという想いですし、なんともう十月だという思いもありますからね・・・残るは三ヶ月っと。
 さて、今日もヘイ君の話題から!最近の散歩では、必ずコンビニに寄って、
大好きな缶コーヒーを買っていきます。これがなかなか大変なのですが、ほんとに喉が渇いて、いきなり飲んでしまうこともあったり、嬉しくて、つい叫んでしまい、お客さんを驚かせてしまうこともありましたから。調子がいいと、けっこう我慢強いんですがね、そうでないときは、僕だって同じ、いらいらしたりしますから、ねっ・・・この日は、とてもいい調子で、写真に有るように、きわめて穏やか、レジのお姉さん、読み取り機を使えましたし、ヘイ君ににっこり笑って、ありがとうございました、また、いらしてくださいって云ってましたしね。この後、近くの公園に行き、そこでコーヒーとなりました。後はいつもどおりのコースで、この日は、どんぐりがたくさん落ちていまして、空き缶には、どんぐりがいっぱいつめられました、とさ。~~
 夢の街の、むぎのめ祭りは、あと一週間をきってしまいました。本当に早いものですね。ここでの開催は、2回目。今年はどんな祭りになるでしょう・・・楽しみですね。
 それと、アケちゃんのことですが、20日には、鹿大での講義を行います。医学部生相手に、頑張れ、アケちゃん!!

2008年9月18日木曜日

台風13号


 ほとんど上陸は確実と思っていた、13号ですが、絶妙なタイミングですり抜けていきましたね。台風情報にぎりぎり追い込まれて、アーとため息をついたけれど、九州の下を通り抜けてしまいました。

 台風一過、風は強かったけれど、夕焼けの美しかったこと!そして、その前に素敵な虹が、二重にかかってくれましたよ。

 被害のほうも見当たらず、やきもきしたことのご褒美と言っては何でしょうが、台風の置き土産
といったところでしょうか?

 ヘイ君は、ちょっと病気が・・・・見つかりましたが、命に関わるというものではないのですが
痛みと言う点では、相当の苦痛があるというものです。今の段階では、確実にと言うわけには行きません・・でも、自分のことについてうまく表現が出来ない彼にとっては、本当に大変なことです。
昨日は、彼の辞任式(スバル)だったのですが、彼なりのパーフォーマンスがあって、それを皆も、笑いながら受け入れてくれていましたが、この病気が触っていたのかもしれないなあと思うと、ちょっと・・・・

2008年9月8日月曜日

秋ですかね・・・

さて、九月ですね。西日本は結構暑い夏という振り返りがありますが、どうも実感としては冷夏・・・確かに暑かった日もありましたが、助かった日も結構ありましたし、雨も多かったですよね。統計的には、そうなのかもしれませんが、実感としてはね・・・・・

 この写真、糸トンボです。水辺の近くにいるやつですが、むぎ里の裏の畑で見ました。近くの水場といえば、一時貯水槽のかなり大きなやつがあるにはありますが、距離的には一キロくらいは離れているんじゃないかなあ。以前、北風が強い日に、同じような糸トンボ君を見ましたが、それ以来見るのは二回目です。北の風だから、方向はあってますかね。それにしても、スマートな体ですよね。色も、コバルトブルーに、黒褐色!!なかなか素敵だとは、思いませんか?

 むぎ里では、良さん以外は夏ばてってわけでもなさそうで、それに良さんの場合も、夏ばてもあるのかもしれないけれど、単なる怠け病という事であるのかもしれませんね。
ま、お盆休み以降、虹センには半日だけの出勤ですからね・・・眠り姫ならず、眠り良は、一週間のうち5日は、眠り続け・・・二日は目覚めて、ぎゃあぎゃあうるさいこと!

 アケちゃんは、週四日となって、ますます快調といった様子。食事も、ホームでこそチューブを使ってますが、実家では、ミキサー食ながら、ちゃんと食べているそうです。専門家=医者の顔が見たいとは前回の言葉ですが、専門家とは結局事なかれ主義者なんでしょうかねぇーー

 ヘイ君の部屋に、新しいソファが入りましたよ。今までのものより一回り大きいですね。今までのやつは、使い込まれていて、まさにピッたしの坐り心地だったと思うのですが(なんせ、クッションがヘタって、ずぼっとお尻が取り囲まれてしまうような・・・)、さてヘイ君、今回はどうなるでしょうか????

 

2008年8月27日水曜日

8月も終わり


 もうすぐ夏も終わり、暦の上では秋は始まってはいるのですがね。でも、夏休み中・・・結局今年の夏は、雨が多く過ごしやすかったようです。カブトムシ捕りはもう増えないかもね・・・今年は、10匹以上捕れましたが、これももう終わり。畑のサツマイモ、すっかり茂っています。9月の終わり頃かな、収穫は・・・23日の鹿児島市の花火大会は、雨にもかかわらず実行、残念ながら音だけ聴いていました。
 今日初めて、ヘイ君のベッドメイキング見せてもらいました。ヘルパーさんの右左という指示はありましたが、戸惑うこともなく、しっかりと敷いていましたよ(目が見えているかのような!!!)洗濯物を干すこともあるし、食事の片付けなどもね。感心してしまいましたが、これをもっと頻繁に行っていければいいなあ、とも思いました。

2008年8月24日日曜日

8月の空

                         
  暑い夏という概況だったように覚えていますが、ちょうど8・6の辺りから、雨勝ちの天気が続くようになりましたね。なんとなく、その8・6の頃に似ているような気がしていたのですが、今のところ、思ったよりも涼しい日があったり・・という事で、これといった被害があるわけではなし、ま、いささか異常な気もするが、いいかっ!というところでしょうか・・・ただ、先日、ミヨシさんの話を聞いて、改めて思い起こしたものですが、ミヨシさんの話、ドザエモンの言葉まで飛び出して・・・ま、読んでみてください。
 93年の8・6水害

いつもは空など見ない母親が、その日の朝は珍しく空を見上げて
何かおかしいど、雲の動きが変じゃ・・・なんて言ってましてね
自分はね、目もちょっと悪いせいもあったけど、何もおかしくもない
様に見えましたけどねぇ・・・ただ、普段そんなことを言わない母親が
珍しく強い調子で語っていたことを覚えていますよ。

3時過ぎ頃から、雨が降り始めて、その直前にも母が、見っめー、おかしな雲
じゃが、何かあっど・・・などと言ってましたが、そのときも自分はぴんと来なかったですよ。
しかし、降り始めるとひどい降りで、その異常さは、やっと自分にも
感じ始めたのでしたが・・・

空はかなり暗かったのですが、夕刻時分にちょっと先のほうを見ると、何かきらきらと反射していて、甲突町にも水が入ってきたのがわかりましたよ。雨は降り続いていて、このまま浸水がこちらまでやってくれば、避難もできなくなる・・・そんなことを母と話したりしていましたね・・・

そんな時に、近くのブリキ屋から電話がありましてね。ブリキ屋には、若い人が何人か居たんですがね。うちのことを心配されたんでしょう。こっちに避難しないか?ということだったですよ。大体、20cmも水が溜まれば、車椅子なんて動かないですからねぇ。

 でも、断ったんですよ。

もう、55年も生きたしね・・いつ死んでもいいと思ったんですね。そう母親に告げると、母親の方も、もうええっ、二人しっせぇ土左衛門にでもなろかい・・・ということでね、断りました。

 結局、家のあるところが、ちょっと高台になっていましてね。水は来なかったですよ。でも、町内の下のほうじゃ、2mほども水が来てましてね、本当に、
助かったんですね。後から、役所のほうから人が来ましたがね。ボートを引いてきていましたが、大丈夫ですか・・・と言って帰って行きましたがね。

そして、9月に入り、麦の芽と出会う。55年後の、新しい人生が始まるのは、それだけで劇的なものだが、8・6水害のこととあわせてみると、更に不思議な想いになります。

2008年8月10日日曜日

夏からの贈り物

 
  広島、長崎と原爆の日が過ぎ、一番暑い頃なんでしょうが、ここ3日ほどはしのぎやすい日が続いています。この日は、朝から、時折雨が降り、風に当たっていると肌寒い、加えて櫻島も噴火・・・降灰もありました。そしてまた雨。ヒグラシから鳴き始めた夏の様子は、やっと他のセミたちも賑わいを増し始めて、カキアカネも増えてきていましたが、降灰と雨とに、しばし休憩といった様子(左)。
 背景には夏空が明るく、そこに霧雨がきらきらとおちていましたが、不思議な雰囲気でしたね。あえて異常気象などとは言いますまい。異常なのは、もともと人の側に有るのですから、自然は人の営みを反映はするのでしょうが、実に優しく返してくれているような、そんな気がしました。 夏からの、本当に優しい贈り物の一日でしたよ。

 

 

2008年7月5日土曜日

少し空いてしまいました



 もう7月になっていたんですね・・・うーん早いですね・・
気になるアケちゃんのことですが、7/2からホームでの
宿泊が始まりました。といっても、当分は、週に二日だけ
ぼちぼちとということですね。

管を使っての流動食ですが、自宅では口からの食事に
も挑戦しているとのこと!お医者さんの見解は不可能という
ことのようですが・・・な~に、医者とてすべてがわかるわけでも
なっかろうに!!!ネッ

三好さんの、母上のご逝去ということも、5月にありましたね。
49日も済んで、三好さんの表情も、やっと普段の・・・というか
以前にもまして、やる気満々という様子も感じられる。

壮絶だった・・というしかない母さんの過半生は、三好さんの 
申し訳ない、申し訳ないという言葉を引き出すのでしょうが、
しかし、以外にどんな選択肢があったのでしょうか?宿命としての
申し訳ない という言葉なのでしょう。それはまた、もうひとつの言葉
くやしいねぇ、に結びつくしかないのでしょう。

梅雨ももうすぐ終わる気配です。みんな暑い夏には注意しましょう!!

2008年4月27日日曜日

アケちゃんの入院

 4月13日に、肺炎で入院でした。翌日は、楽しみにしていた
氷川清のコンサート・・・ま、ついてなかったねと言ってみたい気もするのですが、
どうなんでしょうね。他にもっと大切な、命の問題に関わったということからすれば、
気持ちはともかく、事実としては本当に大切なことなのではないかと思います。
アケちゃんの悩みや苦しみからすれば、不当だよと思いますけれど、世の中、
そうそう甘くはないし、その時点では分からないことも結構有るような気もする。
清への思いにしても、音楽への憧れにしても、また、何か変化があるのかもしれないし
、そういうのって何か価値があると思うね。生きている人間の、生きるということ、その中に、いろんな出会いがあるし、単に知っているということから、解るというように変わるのではないかな。それに、今体験しつつあるってことは、それ以上に貴重だろうね。
まさに、アケちゃんだけが体験しているわけ・・・すごい!怒らないでね!!!

 難しいからこれくらいにして・・・アケちゃん、早く帰ってきてね!みんなの願いだよ。

2008年4月8日火曜日

お花見


 4月4日は、吉野公園に、いきセンのお花見でした。初めてボラとしての参加でしたが、知った顔見た顔は、半分もなかったかなー・・・でも、うす曇ちょっぴり寒い北風の吹く日でしたが、花は満開!吹き抜ける風に桜吹雪も舞っていました。みんなの顔も、とてもよかったですよ。
 福さんは、弁当はそこそこに、ひたすら上を見上げながらのビール飲み!気持ちよく、花とビールに浸っていましたよ。
 ゴローさんは、別な花にも囲まれて、ご満悦・・・案外積極的なんですね!よしよし・・・
アケちゃんは、式の始めにみんなにご挨拶、ずいぶんと慣れてきましたね。
 三者三様の花見風景でした。

2008年3月30日日曜日

ござと、畑と

 これもまた、ゴローさんの話です。前のしゃぼん玉と同じ頃、7才頃の話と言うことになります。

 ゴローさんは、歩けません。それどころか、5才までの命だったというのは、前回も記しましたが、不思議というか、本人曰く、神様の悪戯ということで、なんとそれに10倍以上の年月が流れて、今も健在ということなのです。

 実際のところ、6才頃までは本当にひ弱で、両親も親族の皆さんも、医者の言ったことに、疑いを挟むなどとても出来なかったと思います。本人よりは、むしろ周りの方々の心痛は、大変なものであったでしょう。ありていに言えば、心の準備をされていたのではないでしょうか・・・

 ところが・・・と、彼はいつか元気になっていくのですが、その原因というのは、容易には分からない、分かりようがないのですね。シャボン玉の一コマも、その不思議がなされる最中のもののようですし、これからお話しすることも、その最中でもあり、また多くの要因の一つなのかもしれません。

 ゴローさんには、おばあさんがいました、大変気丈な人だったようですが、こんな人は、しかし昔はたくさんいらっしゃったのかもしれません。くちぐせのように、どんなにお腹がすいても、よそ様の家でご馳走に預かってはいけないとか、家に泣いて帰ってくるなとか・・・・そういえば、小さいときに私も聞いた覚えがあるのですが・・・・それにしても、ゴローさんの場合、ひ弱で、足も使えない(いつも這って歩いていた少年だった)わけですから、泣いて帰ってきても許されるのではと思うのですが・・・泣いて帰ってくるな、やられたらやり返せ・・・の教訓を体得させるのは、ずいぶんと厳しいもののような気がするのです。
 そしてやはり、彼も泣いて帰ってくるという日が来ました。兄さんの友人の一人と聞きましたが、彼に棒でたたかれてしまったのです。そして、おばあさんは、彼に告げました。泣いて帰るな、やられたらやりかえすのです!
 ゴローさんはやったのですね。おばあさんの教訓を会得するために自分の状況を振り返ることなく!ある日、たまたま件の少年を含む子どもたちが集まったとき、這ったままの姿勢で、その少年の膝近くをかぶり・・と。不意をつかれたその少年は、もちろん泣き出したそうです。これで、ようやく、ゴロー少年の意識の中に、泣くよっかひっ飛べという教訓が見事に、刷り込まれることになりました。このことがあったせいかどうかはわかりませんが、『私はね、障害がなかったらね、どんな人間になっていたんでしょうかね、おそらく謹厳実直と言うのには、程遠い人間になっていたのでは』、と、今の彼はそういうのです。 

 おばあさんの思いがどんなものだったのか、無論知ることは出来ません。でも、ゴローさんの状況を受け入れ、落胆していた両親を励まし、なおご自分の愛情を彼に注いでみようと思われていたのではないだろうか・・・
 おばあさんの畑に、荷車に乗せられた彼を連れて行き、ござを敷いて、その上に彼を置く。『たまには草取りくらい、しなさい ・・・』と放置する。彼は這って行きながら・・・効率などない、それでも雑草を取ったそうです。暑い陽射しと、土の匂いそして、虫たちもいたでしょう。脳性麻痺の、それも長生きは出来ないと言われていた彼にとって、これらは、むごいことだったろうか、およそ現代の日本では考えられないことなのではないだろうか。でも、おばあさんの思いがどんなものであったにしろ、敗戦後間もないときにあって、か弱な孫の行く末、そう、行く末を思い、そのために彼女に出来る最善のものを与えようとしたのかもしれない。死ぬのかもしれないという思いと、それ以上に、生きなさいという思いがあったと思う。人としての精神性、生きるということの一端を、率直に伝えようとされていたと思うしかない。 

 そして、ゴローさんは、この頃から、確かに元気になっていったといいます。                                                                                                                                                  

2008年3月18日火曜日

昔を思い出した シャボン玉

 60年ぶりぐらいに、しゃぼん玉をしました。
とても懐かしい気持ちがしました。
幼い頃の思い出で、姉が10歳くらい、自分自身が6歳の頃、
馬小屋の近くでしゃぼん玉をしたことを、ふと思い出しました。

 昔は、今みたいに、しゃぼん玉の液もストローも無い時代で、
石鹸で液を作り、麦わらでストローも作っていました。

 自分自身は、息もあまり続かないのに、姉と一緒に、吹いていた
のを覚えています。
茣蓙をしいて、その上で、麦わらのストローを、吹いていると、
いつの間にか、麦わらなので、唇が荒れていたものでした。

 しゃぼん玉をしながら、昔のそのときのことを思い出したのと、
同時に、馬小屋の独特のにおいも思い出しました。
昔は、今と違って遊びものが無かった時代です。
しゃぼん玉と言うのは、懐かしい昔をも思い出させる、風情ある
ものだなあと思いました。       
                      みよし ごろう
   みよしさんの、ニコニコステージでの思いで感想の文です。
  ほんとうに昔懐かしい子どもの情景が、振り返られています
  よね。 ちなみに、このころのみよしさんの移動手段は、荷車!
   6歳といわれていますから、太平洋戦争が終わった翌年のこ
  とですね。 世は大変な混乱のとき、みんなの生活は、とても厳
  しかったのでしょうがここには、子どもの世界があります。
   それと、みよしさんの生い立ちの中で、6歳というのは大きな
  意味がありま す。それは彼の誕生のときに言われた言葉が、
  5歳くらいまでしか生きない のでは・・・ということでした。両親も
  親戚の方々も皆さん、そう思ってこられた わけです。でも、6歳
  という時を迎え、彼の心の中に、その年のことがしゃぼん 玉とし
  て、しまいこまれたのですね・・・・彼の話では、この頃から、不
  思議と元 気になっていったような気がするという事でした、よ。





2008年2月25日月曜日

むぎのめ25周年・・・at the hotel of Sun Royal

四半世紀を祝うむぎのめの記念式典が行われました。サンロイヤルホテルは2階・・・ほぼ500名近い人たちが参集し、盛会でした。
むぎ里からは、8人の方が出席しました。ヘイ君の父さん母さんも、出席されてましたよ。 写真帳で、様子を見れます。

2008年2月21日木曜日

霜の朝


  今朝の畑の様子です。この冬で見た中では、

もっとも白かったのでは・・・・
 でも、この日の日中は、打って変わってうららかな日和となりました。
裏の畑で、春巻き野菜の準備で、2時間ほど汗を流しました。

      霜一面 昼には春になりました

2008年2月19日火曜日

誕生会のこと

 2/16は、12月から2月までに誕生日を迎えた人の誕生会がありました。

 これで、3回目を数えることになりました。今回は、担当が今原さん・・・
ばたばたとした会ではなく、誕生者にそれぞれの思い出をたずねて、そこから
話題を作り出そうとされていまして、なかなか味わい深い誕生会になったので
はないでしょうか・・・

2008年1月27日日曜日

新年会

 1月26日は、新年会でした。当初の形式よりは、ずっとこじんまりしたものとなりましたが、末吉さん児玉さんのてつだいもあって、アット・ホームでおいしい!会になりました。10人の仲間たちが集まり、・・・っと、ヘイ君は少々ご機嫌斜めで、お部屋での参加になりましたが、回を重ねるごとに、しっとりさも増えてきて・・・良かったですねぇ。

 良さんの、三本締めもなかなかに決まっていましたし、会長挨拶の、堅苦しさは抜きにしてっと言うのもありまして、大小のおにぎりや、澄し汁、そして、吉野食堂の豪勢なオードブルに、堪能できましたよっ・・・・おにぎりのたべでのあったこと!これだけで、お腹が膨れてしまったのではないでしょうか?

 今回の新年会、決定に至るまで、なかなか壁が厚かったのですが、一つ一つ、クリアーしながら、自分たちの手作り度を高めていけたらと願います。自治というものが、普通の場合でも、けっこう難しい、いや相当に難しいのも事実なわけですから、介護が常態の人達の場合、さらに難しいものかもしれません。ただ、自分たちの有り様から、共通の理解が出来てくるのであれば、逆に・・・・などとも考えてしまうのですが・・・

2008年1月22日火曜日

風邪

 新年の前後から、風邪がはやってきました。
一時は、半数近い人たちが、風邪につかまってしまいましたが
、雨が多い気候のためか、このところ、ぐっと減ってきたように、感じます。

今のところ、アケちゃんだけだと思いますが、ちょっと苦労しているようですね。
もっとも、この多雨の気候は、しばらく続きますから、
風邪を治すには、もってこいの条件です。アケちゃんがんばれ!!!

施設側の対応、結構いろんな意見がそれとなく、広がっています。
速報体制から、予防体制まで、細やかな対応が求められるのではないでしょうか?

2008年1月3日木曜日

新年!!!


 あけましておめでとうございます。新年早々の雪で、櫻島もご覧のとおりとなりました。すがすがしい景色ですね。桜島だけでなく、吉野界隈も、浅雪が積もりましたが、別に事故もなく、ひと時、皆さんの心と目を慰めてくれたのではないでしょうか・・・
 むぎ里では、五人、そう、半数の人が外出され、訪れる人もいましたが、何かさびしい様子でもありました。里のお正月とは・・・とちょっと感じてしまいましたが、すぐににぎやかになるのでしょう。むしろ、この静かな雰囲気をしばし楽しむことにしましょうか・・・
      正月の  里にも降るか やわら雪
      マリ子さんの 着物姿に 目なごむ
      残されし 人の静かに 里の春